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哲学科卒のサラリーマンによる戯言~自由及び生の考察~

若手サラリーマンの日常。そして、哲学や思想。

自由と迷い

人は選択肢が多い状態を自由と呼ぶ。
選択肢が多いことは自由だと思っている。

選択肢が多数用意できることは、選択肢を少数しか用意できないことよりも良い状況である。
しかし、その状態が自由であるとは思えない。
選択肢の多寡は自由とは関係がないように思える。


ぼくが言いたいのはこうだ。
選択肢の多さとは、迷いの多さなのである。
自由とは、あらゆる選択肢の中から1つを選び出すこと。


複数の選択肢がある状態、これは迷っている状態である。
自由な人は迷わない。
自分の自由によって、己が求める1つを選択するのだから。


自由とは1つを選び取ることである。
あらゆる迷いを捨て去り、求めた1つを選び取る、これこそが自由なのだ。

選択肢が多い状況、これは自由に至る前段階なのだ。
自由を手にするには、その先へ行かねばならない。
自らの意思により、その他大勢を切り捨て、1つを選び取る。

自分の欲するものを叶える、これが自由なのだ。
選択肢の数は問題ではない。


あれもこれも、は一見自由に見える。
しかし、その実は自由とは程遠く、迷っているのだ。


当然、あらゆる選択肢を切り捨てることは難しい。
ーだから、迷っている状態なのであるがー
自由を行使して1つを選択するには、次のことが土台として必要である。
自分の求めているものを選ぶ判断、それ以外を切り捨てる勇気。




生半可な気持ちでは自由は行使できない。
判断、勇気がないものは、迷い続けるしかないのだ。
それを自由と錯覚しながら。
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[ 2013/08/26 00:24 ] 自由 | TB(0) | コメント(0)
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プロフィール

智葉 哲三(ちば てつぞう)

Author:智葉 哲三(ちば てつぞう)
自由、幸福な生を主題に哲学します。学生時代はアリストテレスの『ニコマコス倫理学』から幸福を考察した。都内でサラリーマンを始め転勤で新潟へ。まだ若手。日常の出来事なんかも書きます。
連絡はこちらへ tetsuzou.c@gmail.com
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