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哲学科卒のサラリーマンによる戯言~自由及び生の考察~

若手サラリーマンの日常。そして、哲学や思想。

進撃の巨人を哲学する ED『美しき残酷な世界』から

漫画アニメは娯楽として素晴らしいものである。
同時に、様々な示唆があり考察をめぐらすのにも適している。

ぼくは最近『進撃の巨人』という作品にハマっている。
物語の根幹に迫る考察、今後の予想は各所で行われている。
このブログでは、この作品を通して現実世界での哲学を試みる。
気になる場面を取り上げ、このような記事を今後も書き続ける。
私見タップリだが、ご愛嬌ということで。

記念すべき(?)第1号は物語本編ではなく、アニメでのエンディングテーマ『美しき残酷な世界』で哲学をする。
エンディングテーマなので、物語とも深い関連を持っている歌詞である。

さてさて、タイトルにもなっている『美しき残酷な世界』は『進撃の巨人』本編でも何度も描写がある。
世の中は美しい。
それは、家族がいて、友人がいて、平和な毎日があるから。
笑いがあり、安らぎがあり、頼れる人たちがいる。
なんとも美しい世の中ではないか。

しかし、同時にこの世は残酷なのだ。
それはなぜか。
どれだけ美しく、素晴らしく装っても「弱肉強食」である残酷な競争原理を取り除くことが不可能だからだ。
何かが生きる、繁栄するためには、何かが死に、破滅へと向かわなくてはならない。
これは、強いものが生き、弱いものが駆逐される、まったくもって残酷な世の中の原理なのだ。

『進撃の巨人』ではまさにこれを何度も描写している。
巨人、という人間にとっての絶対的強者。
今は、巨人の前では人間は屈服するしかない。
人間が生きるためには、何をすべきか。
巨人を駆逐しなくてはならない。


人間の世の中を取り戻すには巨人を1匹残らず駆逐しなくてはならない。
つまり、巨人という種の滅亡が人間の繁栄には必要なのだ。
この駆逐は、作中でも主人公(エレン)が何度か口にしている。
彼、エレンは怒りからこの言葉を発しているのだが、強くなくては巨人と争うことはできないことも悟る。
まさに、弱肉強食の世界を生の躰で理解したのだ。

今の世の中は、巨人にとっては美しい世界であろう。
しかし、それは人間にとっての残酷な世界を意味する。

人間にとっての美しい世界、これを実現するには巨人にとっての残酷な世界が必要なのだ。


これは、作中に限った話ではない。
現実世界でも、人間が美しい世界を生きている背景には、あらゆる種の残酷な世界が存在しているのである。
人間にとっては美しい世界である。しかし、その他動植物にとっては残酷な世界なのである。
なにも、人間に捕食される動植物だけが残酷な世界を生きているわけではない。
人間による自然破壊が進んだため、あらゆる生物が残酷な世界を強要されている。


人間は、人間に限らず自然は、美しい。
しかし、その背景には必ず残酷な世界が存在しているのだ。
生かされている、この忘れがちな真実を思い出す。
「美しき残酷な世界」というフレーズによって。
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[ 2013/08/12 20:00 ] アニメ/漫画 | TB(0) | コメント(1)
この世界は美しくないし、残酷なだけだ。
遠くから見れば、地球は美しい。
だが近くで見れば、グロテスクな光景が展開している。
[ 2015/08/07 19:03 ] [ 編集 ]
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プロフィール

智葉 哲三(ちば てつぞう)

Author:智葉 哲三(ちば てつぞう)
自由、幸福な生を主題に哲学します。学生時代はアリストテレスの『ニコマコス倫理学』から幸福を考察した。都内でサラリーマンを始め転勤で新潟へ。まだ若手。日常の出来事なんかも書きます。
連絡はこちらへ tetsuzou.c@gmail.com
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