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哲学科卒のサラリーマンによる戯言~自由及び生の考察~

若手サラリーマンの日常。そして、哲学や思想。

使える人/使えない人

使える人、使えない人、なんと言葉は世間中そこらで聞きますね。


ぼくはこの言葉が本当に嫌い。
使える、使えないという、物でも扱うかのような言葉を人間に浴びせているのが気に入らない。
そして、他人を自分だけの小さな尺度で図るその高慢な態度も嫌い。
たしかに、仲のいい数名が、使える使えないと共通の見解を示すときだってあるだろう。
それにしたって、世間から見たらものすごく小さな尺度だ。


この、使える人/使えない人問題は、人間を手段としてとらえてしまっているから発生するのだろう。
他人は、自分の立身出世のための手段。
だから、あいつは使えるから手札としてとっておこう、あいつは使えないから切り捨てよう、といった思考になるのだ。

競争社会だから、能力差によって評価されるのは仕方のないことだと思う。
(もちろん、皆が平等で幸福な社会を実現するためには、克服しなければならないだろうが)
その業界で能力のある物が上に立つ、資本主義、能力主義である限り避けて通れない道のりだ。
しかし、上に立つ人がいわゆる使えない人を切り捨てるような組織は必ずや弱体化するであろう。
部下の身である人々は、自分がいつ使えない人ととして切り捨てられるか、不安にかられ続けなくてはならないから。
また、そのように自分を道具とみなす可能性のある指導者の下で全力を発揮しようとは思わなくなる。
能力があり、人間の尊厳に対して理解ある上位者が現れたら、こぞってそちらに付くであろう。


能力により階層が生じるのは現代社会において、いたしかたのないことだ。
しかし、能力があるからといって、他人を道具のように扱う人倫の欠けた指導者の下には、破滅しか集まらないだろう。

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[ 2013/08/08 22:28 ] 戯言・メモ | TB(0) | コメント(0)
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プロフィール

智葉 哲三(ちば てつぞう)

Author:智葉 哲三(ちば てつぞう)
自由、幸福な生を主題に哲学します。学生時代はアリストテレスの『ニコマコス倫理学』から幸福を考察した。都内でサラリーマンを始め転勤で新潟へ。まだ若手。日常の出来事なんかも書きます。
連絡はこちらへ tetsuzou.c@gmail.com
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