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哲学科卒のサラリーマンによる戯言~自由及び生の考察~

若手サラリーマンの日常。そして、哲学や思想。

一般と個別 褒め言葉から見る

「木を見て森を見ず」

こんな言葉あがる。
個別ばかりを見て、全体(一般)を考慮しないことの例えだ。
だからといって、個別を無視していいわけではない。

例えとして、褒め言葉を見てみよう。

女性に向けて「可愛い」
男性に向けて「たくまし」

一般に受け入れられる褒め言葉だと思う。

しかし、これらをひっくり返すと、
女性に向けて「たくましい」
男性に向けて「可愛い」

褒めたつもりで発した言葉でも、受け手によっては嫌な反応をされることも・・・
(男性に向けての「可愛い」は割と受け入れられてきているのかな?)



褒める、という行為は同じでも、受け手によって意味が異なる可能性がある。
「木を見て森を見ず」の立場からは
褒め言葉というのは誰に発しても嬉しいものとしれ受け入れられる、と思うのだけれども。


これは、一般(A)と個別(abc)との違いがあるからだろう。
一般(A)に褒める、とは嬉しいことである。
だが、個別(abc)に観察していくと、褒めるが占める領域はそれぞれ異なる。

ぼくにとっての褒めるの領域は、a。
太郎君にとっての褒めるの領域は、b。
このような差異があるから、自分では褒めたつもりでも、太郎君は悪く感じることがある。

実際は、aもbも褒める(A)の一部だから、褒めてることに変わりはないだけれど・・・
(aもbも木だから、森(A)の一部)

なんでもかんでも一般化すると、褒める時のような齟齬が発生する。
一般を考えるには、個別も同じく考える必要がある。

「木も見て森も見る」
これが最高の状態ですね。
欲張りだとは分かっているけれども、目指す価値のあるものです。
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[ 2014/03/21 15:19 ] 戯言・メモ | TB(0) | コメント(0)
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プロフィール

智葉 哲三(ちば てつぞう)

Author:智葉 哲三(ちば てつぞう)
自由、幸福な生を主題に哲学します。学生時代はアリストテレスの『ニコマコス倫理学』から幸福を考察した。都内でサラリーマンを始め転勤で新潟へ。まだ若手。日常の出来事なんかも書きます。
連絡はこちらへ tetsuzou.c@gmail.com
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