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哲学科卒のサラリーマンによる戯言~自由及び生の考察~

若手サラリーマンの日常。そして、哲学や思想。

感情と理性

人間は感情で生きている。
感情は自分本位のため、他者のことは考慮しない。
世の中が全て自分の思い通りにいくのなら、この感情だけで生きていて差し支えないだろう。


しかし、人間は他者との共存をしなくては、生きていくことはできない。
そのため、感情を暴走させないよう理性がコントロールをする。
世の中で理性、理論的ということが重宝されているのは、他者との共存を図る上で必須なことだからだ。

感情と理性とを言い換えれば、下記の通りと考える。
感情とは孤独である。理性とは協調である。

【感情について】
たしかに、「嬉しい」「悲しい」といった感情を共有することはできる。
同じ映画を見て、上記の感情を一定数の視聴者が感じている、といったことがその証左だ。
感情が高ぶる、情熱的な状況を共有することができるのも同様だ。

しかし、その感情の質、内容は人それぞれによって異なるはずだ。
感情も過去からの経験を踏まえるわけだから、その映画よりも大きな「悲しい」を経験した人はそうでない人よりも、「悲しい」の度合いが低いだろう。

感情は一見共有できるようだか、その実、根本では孤独なものなのだ。


【理性について】
一方の理性は、基本的には感情の暴走を防ぐ番人の役割を果たす。
なぜ、感情の暴走を防ぐ必要があるのか。

それは、他者との関係に悪影響を及ぼす可能性があるから、ひいては自分の生存に悪影響を及ぶす可能性があるから。
感情とは孤独であり、根本的なところでは他者に理解されない。
他者から感情的に訴えられて、あまりいい気がしないのは、これが理由であると考える。

理性では、そのような孤独な感情を野放図にせず、他者と共存ができるよう舵取りを行う。
理性的であることは、人間社会を円滑に生きていくために必要なものなのだ。

理性的に他者を説得する。
これも、争いを避け、共存を図ろうとするからこその行為である。
共存を図ることは、即ち、協調であろう。

【おわりに】
「最近の若い世代は、協調性はあるが、情熱が足りない」と言われる。

これは、「理性的ではあるが感情的ではない」と換言できよう。

人間は、理性的であることを求めているが、感情が不足しているようでは何か物足りないようだ。
やはり、人間らしさ、というのは感情の中に潜んでいるのだろう。
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[ 2014/03/02 12:24 ] 哲学 | TB(0) | コメント(0)
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プロフィール

智葉 哲三(ちば てつぞう)

Author:智葉 哲三(ちば てつぞう)
自由、幸福な生を主題に哲学します。学生時代はアリストテレスの『ニコマコス倫理学』から幸福を考察した。都内でサラリーマンを始め転勤で新潟へ。まだ若手。日常の出来事なんかも書きます。
連絡はこちらへ tetsuzou.c@gmail.com
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