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哲学科卒のサラリーマンによる戯言~自由及び生の考察~

若手サラリーマンの日常。そして、哲学や思想。

メールのCC濫用に潜む危険性

CCとは、メールの宛先以外で読んで欲しい人に対して送られるコピーのことだ。
宛先の人と同じ内容のメールが届く。

さて、このCC便利な機能であることは確かなのだが、いささか使いすぎではなかろうか?

別の 部署に何かお願いをする。
こういう場合、宛先に担当者を入れ、その方の上司をCCに入れる。

上司は部下がいるわけだから、こういう依頼メールがたくさん届く。
上司なんだからそれ位当然だ、と言われてしまえばそれまでだが。

しかし、一度振り返ってみよう。
仕事は相手のことを考えて行え、とよく言うではないか。
この状況、上司のことはあまり考えられていない良いに思える。

担当者同士のやりとりが逐一メールボックスに入るわけだから、何が重要で何が重要ではないのか非常にわかりにくい。

件名で工夫することもできるが、みんな【重要】とか入れ出すから始末におえない。


そういうわけだから、本当にいんで欲しいメールを送っても「また担当同士のやり取りか。後で見よう」と思われてしまうことがある。


CCは便利だが闇雲に送っては自分の読んで欲しいメール読ませない状況を自ら作り出すことになってしまう。

会社のルールで定められている場合には仕方ないが、不要な時はCC省こう。

お、智葉哲三からメールなんて珍しいな、こう思われる方がすぐに読んでもらえる確率はあがるだろう。


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[ 2014/08/23 15:03 ] 日常 | TB(0) | コメント(0)

女性の美しさと日本の発展

日本の発展には元気が欠かせない。

戦後、日本がここまで成長できた理由は何だろうか。
高度経済成長と言われる、成長期があったから。
それはそうだろう。

だが、それを支えていたものは一体何なのか。
それは、日本が元気であったからであろう。

特に女性が元気であったことが大きい。

戦前はいわゆる専業主婦であることが当たり前の時代であった。
翻って戦後は女性の社会進出とやらが進んだ。
もちろん、専業主婦でも元気な人はいる。
だが、社会に影響を与えるには彼女たちが家にこもるのではなく、社会に出てくる必要があった。
現在では、働きに出ている女性がいることがむしろ自然となっている。
女性が元気に社会に出ることで、日本に活気を与えた。

さて、女性の元気の源はなんだろうか。
やはり、自身の美しさであろう。

女性が美しくなり、女性が元気になり、日本が発展した。

戦後、美容が発展し日本の女性はより美しくなった。
化粧による偽りの美、そう呼ぶ人もいるだろうが。

たしかにはじめはそうかもしれない。
だが、偽りの美であったとしても、自身が美しくなることでより一層元気になる。
そして、自信を持つようになり、外見を整える飾られた美でだけではなく、内面からにじみ出る美が備わる。

日本の女性の笑顔は美しい。

内面が美しくなければ、眩しいほどの笑顔を作ることはできない。
美しい笑顔は周囲の人間をも元気にする。

女性の元気は自分だけのものではなく、周囲を巻き込んでの元気に発展したのだ。
そして、この元気が日本の成長をソフト面で牽引した。

下世話な話だが、キャリアウーマン、OLと聞くとなんとなく綺麗な女性を思い浮かべる。
サラリーマンときくと、中年の疲れきった男性を思い浮かべる。

同じ雇われ人を指す言葉だが、こうも受け取る印象が違う。
これは、女性の元気が男性の元気を上回っている、と日本が暗黙に認めているからだ。

男性よ、女性に負けてはいられない。
化粧をせよ、とは言わぬが、自らの美を高めてみよう。
そして、女性に負けないほど、日本を元気にしよう。

子供、孫、その先の世代まで、素晴らしい日本を受け継ごう。



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[ 2014/08/19 19:58 ] 日常 | TB(0) | コメント(0)

善悪とは何か 一体何者なのか

善悪とは所詮人間が定めたもので
自分たちの都合に合わせて調子よく扱っているものに過ぎないのか。

自分たちを善とし敵対するものを悪とする。

こうすることで味方の士気を高めるために用いられるのか。

なぜ、善を実践しなくてはならないのか。
なぜ、悪を実践してはならないのか。

悪は他人に不利益を与えるから、社会生活が崩壊するから。
だから実践してはならない。

だが、社会生活が崩壊することが善だとしたら?
我々が善悪を履き違えて、全く逆に向かっていたとしたら?


今、善と思い込んでいるものが悪であったとしたら、ぼくには善を実践する勇気がない。
他人の利益を守ることでしか自分の生活を守ることができない、善という便利な盾に隠れることしかできない。

善悪とは何者なのか。
社会生活を正常に営むためのルールに過ぎないのか。
人々が自分の生活を投げ捨ててまで守るべきものなのか。

我々は善悪に翻弄されてはいないだろうか。


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[ 2014/08/19 19:33 ] 哲学 | TB(0) | コメント(0)

光と闇 悪と何か

ぼくは光に向かって歩く

だが何も見えない

ぼくは暗闇に向かって歩く

だが何も見せてくれない


光はぼくの行く先を照らしてくれる

でも光それ自体を見ようとすると

それは許してくれない

闇はぼくの行く先を隠す

でも闇それ自体を見ようとすると

それも許してくれない


光も闇も自分が何者なのか教えてくれない

光はぼくたちにヒントをくれる

闇は何もくれない


光はぼくたちに視力を与える

闇はぼくたちの視力を奪う

光が照らす世界ではぼくたちは何かを見ることができる

闇が包み込む世界ではぼくたちは何も見ることができない


何かを見ることでぼくたちは好悪を持つ

何も見ることができなければぼくたちは佇む

光は偏見と差別を産み

闇は孤独を産む


光がこの世に悪を産んだのか

闇がそれを隠そうとしているのか


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[ 2014/08/18 23:11 ] | TB(0) | コメント(0)

企業が副業を禁止する理由を考えてみた

多くの企業は従業員の副業を禁止している。
本業である、その企業での業務に集中して欲しいからであろう。

しかし、従業員のことを考えると副業は認めた方がいい。
そればかりか、企業のことを考えても副業は認めた方がいい。

ここでいう副業とは、個人で開設するネットショップから別の企業に勤めることまで、仕事と名のつくもの全てを含める。


さて、従業員にはどのようなメリットがあるだろうか。
従業員の立場からすると、自分のやりたいことを副業ですることができる。
いわゆるワークライフバランスの充実を図ることができる。
また、勤めている企業が万が一倒産した際にも別の収入源があるから路頭に迷うことはなくなる。

もちろんだが、従業員は勤めている企業で果たすべき責務は全うしなくてはならない。
給料泥棒は言語道断である。


さて、企業の立場からはどのようなメリットがあろうか。

これも、従業員の成長だろう。
従業員の立場からのメリットと一致する。

企業は従業員の集まりで動いている。
その従業員が副業を通して成長をすれば、企業も優秀な集団を抱えることになる。
必死こいて高いお金を払って、効果があるんだか無いんだかよくわからない研修会を開くことより、よっぽど効果がある。
もう社内に教育チーム、なんてのを設置しなくてもよかろう。
組織のスリム化にもつながった。

従業員の成長をサポートするために、様々な研修会を開きます、学校に通う費用を援助します。
こんな制度はさっさと廃止して、副業を認めればいい。
そしたら、従業員は勝手に勉強を初めて、勝手に優秀な人材になっている。

もちろん、副業の方が本業よりも魅力的と思われれば、企業を去っていく従業員も出てくるだろう。
だからなんだ、それでいいじゃないか。
従業員一人いなくなったら成り立たない、そんな脆弱な組織じゃないだろう?
この世の中、総理大臣だって大統領だって代わりがいる役職なんだ。
企業の従業員の代わりなんてそれこそいくらでもいるだろう?


むしろ、○○企業出身の誰々が外で活躍してくれることで、彼に魅力を感じた若い世代が御社を志望してくれる。

一から教育するのが大変?
だから、勝手に優秀な人材になってくれるから。


副業を認めることは、従業員にとってよりも、企業にとってメリットがより大きい。

そもそもボランティア活動は認めているのだから、副業を認めたっていいだろう。
ボランティア活動だって、所属する団体を変えれば収入が得られる立派な副業だ。

企業が副業を禁止している本当の理由はこうではないだろうか?

「あいつが俺より金持ちになるのが嫌だ」

つまり嫉妬心だ。
企業に勤めていれば、出世の有無により多少の賃金の差は出てくる。
だが、それは桁違いなものはならない。

ところが、副業を認め、彼の副業が大成功を収めたとしたら、その差は何倍にも膨れ上がり、手の届かない金持ちになってしまう。
この嫉妬心が企業に副業を禁止させているのではないだろうか。

でなければ、ボランティアを認め、副業を禁止する理由がわからない。
人間の嫉妬新とはかくも巧妙に世の中に入り込んでいるものか。


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[ 2014/08/18 22:54 ] 戯言・メモ | TB(0) | コメント(0)

暗い刻

夜は一人の時間

一人の世界、眠りの世界へと向かう時間

他者と断絶し、自分だけの時間を生きることができる

それが夜


夜は不気味だ

それは一人の世界へと向かうから

夜は怖い

それは他者との関係が途絶えるから


朝は他者へと向かう時間

数多の他者と合流し今日を生きる


そしてまた一人になる

夜は孤独な時間だ

夜があるから朝があり

孤独があるから調和がある

夜の孤独を精一杯過ごすことで

来たる朝を精一杯過ごすことができる


孤独から夜から逃げる事なかれ

毅然と向き合うべし


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[ 2014/08/17 22:07 ] | TB(0) | コメント(0)

コミュニケーションが苦手な人ほど「あいさつ」を

「あいさつ」を自分からすることはとてもメリットがある。
そのメリットはこの5つだ!
 
 ①相手とのコミュニケーションが取りやすくなる
 ②コミュニケーションを取るのが上手な人、と思われる
 ③感じの良い人だなぁ、と思われる
 ④明るい人と思われる
 ⑤話かけられたんだから私も何か話さなきゃ、と思わせることができる


それぞれ理由も記そう。

①相手とのコミュニケーションが取りやすくなる

コミュニーケーションを取るには自分を含め2人以上が必要だ。
自分以外が関係してくるのだから、何かきっかけがいる。
「あいさつ」はそのきっかけとなり、その後の話題へとスムーズに以降することができる。


②コミュニケーションを取るのが上手な人、と思われる

コミュニケーションが苦手な人の大半の理由は、何か話しかけることができない、だろう。
大部分の人が抱えている問題だと思う。
だから、率先して「あいさつ」をすると、自分から相手に話かけたことになり、コミュニケーションを取るのが上手な人、と思ってくれる。
日常生活で求められるコミュニケーションに話術はあまり必要ないと思う。
話かけることができるかどうか、これが大きな要因。


③感じの良い人だなぁ、と思われる
④明るい人と思われる

似た内容のため、一括する。
「あいさつ」とは相手に話かけることである。
発する文字数は少ないが、「あいさつ」を受けた相手が言外に受け取るのはこうだ。
「あの人、私を受け入れてくれているんだ。わざわざ話かけてくれるなんて感じいいなぁ」


⑤話かけられたんだから私も何か話さなきゃ、と思わせることができる

多分、メリットとしてはこれが一番大きいと思う。
人間、もらいっぱなしというのはバツが悪い。
だから、何かお礼として話題を提供してくれる可能性が大きい。

コミュニケーションを取ることの苦手な理由の上位に、話題に困る、というのがあるだろう。
それを相手が解決してくれるのだから、喜ばしいことこの上ない。


それぞれの理由は以上である。
さて、ぼくが聞くところによると「あいさつ」をすることが恥ずかしいと感じている人がかなりいる。
仲は良くないが顔は知っている、と思う人に対しては特にそうだ。
「あ、あの人知ってる。でもなんか声かけるのもなぁ」と思っている人がとても多い。
恐らく、あの人も同じことを思っている。

ならば、我々からきっかけを与えようではないか。
「おはようございます」
たった9文字を発するだけで良いのだ。
「こんにちは」
時と場合によってはもっと少ない。

初めての「あいさつ」では反応も薄いこともあるだろう。
だが、「あいさつ」を受けた方はこう思う。
「話かけられたよー今日は上手く話せなかったよー次は何か話してみよう」
何事もそうだが、「あいさつ」も続けていくことが肝心。
1回で諦めてはダメ。


学校でも会社でも、こう教わった人は多いはずだ。
「あいさつをしましょうね。自分から」
さて、実際はどうだろうか。
自分から「あいさつ」をする人は少数なのではないだろうか。

(学校で習うことが無意味なのではなく、それを活用しないから無意味なのだ)

ならば、本記事で取り上げたメリットを享受している人もそれだけ少ないということだ。
これほど、ローリスクハイリターンなことも珍しいと思う。
話題を提供することが苦手な人ほど、先手必勝で「あいさつ」をかますのが良い。


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[ 2014/08/15 09:23 ] 日常 | TB(0) | コメント(0)

ぼくが本を売る3つの理由

読み終わった本はなるべく規模の大きい古本屋に売ることにしている。
まあ、大抵はなんとかオフに売ることになるのだが。

これには3つの理由がある。
順に記そう。
ちなみに、1⇒3と重要度が上がっていく(3が一番重要)。


1)購入した本代のうち、数%を取り戻すため。

なんとも卑屈であるが、第1の理由は金である。
1000円の本が100円になれば万々歳である、この程度だが。
まあ、1割引で本が読めたと思えば良いのではないだろうか。


2)保管場所確保のため

当然だが、我が家の面積は有限である。
何千、何万という本を保管し続けることはできないため、手放す必要がある。
捨てるくらいなら売ってやれ!というのが第2の理由だ。


以上2つはどこでも見るようなことだし、なんとも普通な理由。
ぼくが最も重要視しているのは次の3つ目。


3)その本の存在をより多くの人の目に届けるため。

こんなこと、大型書店に任せればいいじゃないか、と思うだろう。
たしかに、大型書店に行けば、ぼくが売った本は確実に購入出来ると思う。
しかし、大型書店に足を運んだときのことをイメージして欲しいのだが、
大抵は新刊コーナー、自分の興味あるコーナーにしか行かないのではないだろうか。

大型書店で古くて良い本と出会うには、どこかでその本の存在を知らないといけない。
自分の興味がない分野であればなおさらだ。
さらには、ジャンル毎にフロアが分かれていたりする。
実用書だったり、思想系の本は興味ある人しか赴かないフロア設計ではなかろうか。

だが、なんとかオフのような古本屋ではどうだろうか。
カテゴリ別に新旧問わず並べられている。
しかも、異なる分野同士が近くに置かれていることもある。
興味のない分野にも目が行きやすい。
 

つまり、大型書店では新刊以外は興味のある人の目にしか止まらない。
一方の古本屋では、そこに足を運んだ人あれば興味の無い本にでも出会う可能性が高い。
そんな中からタイトルに惹かれ、普段読まないジャンルの本を手にする人も出てくるだろう。

流行を去った本の再開拓、という分野では大型書店よりも古本屋の方が優れている。
自分が読んで、良いと思った本ほど手放す。
それが世のためとなろう。
良い本は多くの人に読まれた方が良いはずだ。

そんな本の再開拓を手伝うためにも、ぼくは積極的に本を売ることにしている。
ちなみに、規模の大きい古本屋を選んでいるのは、人の目に触れる機会が増えるからだ。

みんなも読まない本を溜め込むのはやめて、世の中の知的レベル向上のためさっさと手放そうではないか!

書を捨てに町へ出よう!


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[ 2014/08/14 20:31 ] | TB(0) | コメント(0)

必要ない、と言ってくれる誠実さ

必要のないものを必要ない、といってくれる人が周りにどれだけるだろうか?
これを言ってくれる人がまわりに多い人はかなり恵まれている。

属するコミュニティはどこだっていい。

家族、恋人、友達、先生、教授、生徒、先輩、後輩、上司、同僚、社長、取引先、お店の店員・・・


必要のないものを必要ない、とあなたに言ってくれる人は本当に素晴らしい存在だ。
なぜなら、必要のないものを必要ない、と言えるには、彼彼女があなたのことを本当に考えているからだ。
あなたの今の状況を考え、それはいらない、と言っている。

あなたがどうなろうと関係ない人は、あなたとの関係を崩したくない。
だから、本当は必要のないものでも特に考えなく、いいんじゃない?それ必要だよ!
と肯定的な態度を取る。

販売員なんかは最たる例だろう。
例えば、服を買いに行ったとする。
試着をすれば誰もが聞くであろうセリフ。
「お似合いですよ~」
あなたに商品を買って欲しいから、たとえ似合っていなくてもそう言うだろう。

ここで、「あまりお似合いではないですね。」といってくれる販売員と出会ったらどうだろう。
はじめは「なんだこいつは」と思うかもしれない。
しかし、こういった販売員こそ信頼できる販売員であろう。

売上という自分の利益を無視してまで、あなたに対して「いらない」と言ってくれる。
あなたに誠実に接してくれている。
(もしかしたら、もっと高いものを買わせるための策かもしれないが・・・それは販売員の次の対応で判断することにしよう)

長期的な付き合いはこのような販売員としたいものだ。
試着したもの何でもかんでも「お似合いですよ」と言い放つ販売員より、よっぽど信頼できる。

必要のないものを必要ない、あなたにこう言ってくれる人は、あなたに誠実な人だ。
我が身を振り返り、そう言ってくれる人がいるのなら、より一層大切にしよう。
過去にいたが、今は疎遠になっているのなら、再度お近づきをしよう。


当然だが、受け取るだけではダメだ。
あなたも彼彼女に、必要のないものは必要ないと言ってあげよう。
それも誠実な態度で。

「あなたのことを思ってますよ」というアピール戦略で終わらないことを願う。


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[ 2014/08/14 12:40 ] 日常 | TB(0) | コメント(0)

自分能力を超えた正義

行き過ぎた、自分の能力を超えた正義は捨て去るべきである。
もちろん、それを目指すことは大いに結構だが。
正義は自分の能力の範囲内にあるべきだ。

自分の能力を超えた正義は自分を滅ぼしかねない。
自分の能力を超えた正義は暴走しかねない。

私はこれをやり遂げねばならない、という正義感。
自分の能力内であれば、どういう形であれ、解決することができるだろう。

しかし、自分の能力を超えていたとしたら。
いくら正義感が強かろうとそれを解決することはできない。

そして、正義感が私を押しつぶし、君は壊れてしまう。
  「なぜだ!なぜ私にはできない!」
あるいは、自分を不当に正当化して、正義の名の元暴走してしまう。
  「私が間違っているはずがない。私の正義が!私の正義を受け入れないこの世界は誤りだ!」

人は正義を掲げて行動している自分が正しいと思い込む。
そして、自分の言うことを聞かない者、自分に反対するものを悪であると思い込み糾弾する。
正義という権力の基に。

正義は人を惹きつける、素晴らしい人徳の一つだ。
だがそれは、正義がその人の能力内に収まっている時に限る。
正義は誰でもが気安く扱えるものではない。
歴史を振り返れば、正義の名の基どれほど残酷な出来事が起こっていることか。
暴走した正義は歴史上に散見される。


この世に正義を示すのは他ならぬ君なのだ。
その正義を示す君が、正義に押しつぶされては本末転倒だ。
その正義を示す君が、正義の暴走を止めることができなくてはどうする。

君の能力を超えた正義、それは今の君が持つべきものではない。
今の君の限界を超えた君が持つべきなのだ。

君は妙な正義を持つ必要は無い。
成長するべきだ。能力を磨くべきだ、君の限界を超えるべきだ!
そして、正義を扱える様になったとき、この世に正義を示してくれ!


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[ 2014/08/12 21:32 ] 正義 | TB(0) | コメント(0)

アイデアと弁証法

アイデアとは既存の何かAと何かBとを足し合わせて新しい、より良いものを作ることである。

ヘーゲルの弁証法に近いものを感じる。
正反合のように、AとBとは反するもの同士とは限らないが。

異なる二つが合わさり、より高いCへと昇華する。
この過程は同じもだ。

良いアイデアが思いつかないと考えあぐねている方は、
そのテーマのアンチテーゼについて考えてみたらどうだろう。

弁証法的に新たなアイデアを見つけることができるかもしれない。


ここからは完全なる戯言だが、ヘーゲル的弁証法の立場に立つのなら、
アイデアの行き着く先はこの世界の真理だろう。

アイデアを極めれば、世界の理を極めることができる。
なんて夢広がる話なのだろうか。


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[ 2014/08/04 21:51 ] 哲学 | TB(0) | コメント(0)

無知を武器にする卑怯

僕知らないからさぁ、教えてよ

こういう発言はよく聞く。
分からないことを素直に聞いているのだから、知ったかぶりよりも数段よろしい。
ただし、それは最後まで説明をきちんと聞く場合に限る。


こんな人がいる。
分からないと言うから、ぼくが説明を始める。
説明の途中で、でもそれってさぁ、こういう理由でおかしいんじゃない?

疑問を挟むのは大いに結構。
しかし、忘れてはいけないのは、自分は知らないから教えてくれ、といったその立場である。
わざわざ教えてもらっているのに、道半ばで否定するとはどういうことだ。


さらに、自分の主張したい意見があるのだろう人が、同じ手段を使うことがある。
分からないから教えて、と迫ってくる。

教えはじめたところで、疑問を挟み議論をふっかけてくる。
やむなくその議論に付き合っていると、こう言い出す。


いや、私は詳しいことはしらないから、細かいこと言われても困る、と。

無知を武器に、言いたい放題。
旗色が悪くなると、無知を盾に引き下がる。

ぼくは極めて卑怯なやり方だと思う。



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[ 2014/08/03 14:33 ] 戯言・メモ | TB(0) | コメント(0)
プロフィール

智葉 哲三(ちば てつぞう)

Author:智葉 哲三(ちば てつぞう)
自由、幸福な生を主題に哲学します。学生時代はアリストテレスの『ニコマコス倫理学』から幸福を考察した。都内でサラリーマンを始め転勤で新潟へ。まだ若手。日常の出来事なんかも書きます。
連絡はこちらへ tetsuzou.c@gmail.com
★当ブログはリンクフリーです★

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