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哲学科卒のサラリーマンによる戯言~自由及び生の考察~

若手サラリーマンの日常。そして、哲学や思想。

iPhoneの最新機種


肌感覚であるが、今までiPhoneの最新機種が発売されると
みんな新しい機種を手にしていたように思う。

それが、iPhone6の発売時はあまりそうは思わなかった。
というのも、6の発売後もiPhone5を手にする人が多かった。

思うに、iPhon5の発売までは、
最新に敏感な方々がこぞって最新機種に変えていたのだろう。
そして、そろそろガラケーからスマホに、という層も多く
せっかくなら最新機種にしよう、と考え最新機種を手にしていた。


ところが、最新機種に敏感でなく、今使っているスマホ(iPhone)
で満足する層が増加し、最新機種である6に飛びつかなくなった。

そのため、相対的に最新機種である6の割合が少なく見えたのだろう。


この秋にiPhone6Sが発売、との噂もあるが
消費者が最新機種に興味をなくしたのなら、
短期間で最新機種を投入する戦略とは最適なのだろうか?




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[ 2015/05/24 15:02 ] 日常 | TB(0) | コメント(0)

ファストファッションの需要

小耳に挟んだ話だが、ユニクロやH&Mのようなファストファッションがアラサーをターゲットにし出したそうな。
思うに、これはちょっと前のファストファッションをよく使っていた若い世代がそのままアラサーになり、彼らがファストファッションを楽しんでいるからではないだろうか。

そうだとすると、生涯顧客ってのはやっぱり重要なんだな。


もちろん、ターゲットの年齢を上げるだけでなく、若い人を取り組む戦略も必要になってくるわけですが。
そうすると、家族で顧客になってもらうのが最安全策かしらね。


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[ 2014/10/28 08:54 ] 日常 | TB(0) | コメント(0)

メールのCC濫用に潜む危険性

CCとは、メールの宛先以外で読んで欲しい人に対して送られるコピーのことだ。
宛先の人と同じ内容のメールが届く。

さて、このCC便利な機能であることは確かなのだが、いささか使いすぎではなかろうか?

別の 部署に何かお願いをする。
こういう場合、宛先に担当者を入れ、その方の上司をCCに入れる。

上司は部下がいるわけだから、こういう依頼メールがたくさん届く。
上司なんだからそれ位当然だ、と言われてしまえばそれまでだが。

しかし、一度振り返ってみよう。
仕事は相手のことを考えて行え、とよく言うではないか。
この状況、上司のことはあまり考えられていない良いに思える。

担当者同士のやりとりが逐一メールボックスに入るわけだから、何が重要で何が重要ではないのか非常にわかりにくい。

件名で工夫することもできるが、みんな【重要】とか入れ出すから始末におえない。


そういうわけだから、本当にいんで欲しいメールを送っても「また担当同士のやり取りか。後で見よう」と思われてしまうことがある。


CCは便利だが闇雲に送っては自分の読んで欲しいメール読ませない状況を自ら作り出すことになってしまう。

会社のルールで定められている場合には仕方ないが、不要な時はCC省こう。

お、智葉哲三からメールなんて珍しいな、こう思われる方がすぐに読んでもらえる確率はあがるだろう。


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[ 2014/08/23 15:03 ] 日常 | TB(0) | コメント(0)

女性の美しさと日本の発展

日本の発展には元気が欠かせない。

戦後、日本がここまで成長できた理由は何だろうか。
高度経済成長と言われる、成長期があったから。
それはそうだろう。

だが、それを支えていたものは一体何なのか。
それは、日本が元気であったからであろう。

特に女性が元気であったことが大きい。

戦前はいわゆる専業主婦であることが当たり前の時代であった。
翻って戦後は女性の社会進出とやらが進んだ。
もちろん、専業主婦でも元気な人はいる。
だが、社会に影響を与えるには彼女たちが家にこもるのではなく、社会に出てくる必要があった。
現在では、働きに出ている女性がいることがむしろ自然となっている。
女性が元気に社会に出ることで、日本に活気を与えた。

さて、女性の元気の源はなんだろうか。
やはり、自身の美しさであろう。

女性が美しくなり、女性が元気になり、日本が発展した。

戦後、美容が発展し日本の女性はより美しくなった。
化粧による偽りの美、そう呼ぶ人もいるだろうが。

たしかにはじめはそうかもしれない。
だが、偽りの美であったとしても、自身が美しくなることでより一層元気になる。
そして、自信を持つようになり、外見を整える飾られた美でだけではなく、内面からにじみ出る美が備わる。

日本の女性の笑顔は美しい。

内面が美しくなければ、眩しいほどの笑顔を作ることはできない。
美しい笑顔は周囲の人間をも元気にする。

女性の元気は自分だけのものではなく、周囲を巻き込んでの元気に発展したのだ。
そして、この元気が日本の成長をソフト面で牽引した。

下世話な話だが、キャリアウーマン、OLと聞くとなんとなく綺麗な女性を思い浮かべる。
サラリーマンときくと、中年の疲れきった男性を思い浮かべる。

同じ雇われ人を指す言葉だが、こうも受け取る印象が違う。
これは、女性の元気が男性の元気を上回っている、と日本が暗黙に認めているからだ。

男性よ、女性に負けてはいられない。
化粧をせよ、とは言わぬが、自らの美を高めてみよう。
そして、女性に負けないほど、日本を元気にしよう。

子供、孫、その先の世代まで、素晴らしい日本を受け継ごう。



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[ 2014/08/19 19:58 ] 日常 | TB(0) | コメント(0)

コミュニケーションが苦手な人ほど「あいさつ」を

「あいさつ」を自分からすることはとてもメリットがある。
そのメリットはこの5つだ!
 
 ①相手とのコミュニケーションが取りやすくなる
 ②コミュニケーションを取るのが上手な人、と思われる
 ③感じの良い人だなぁ、と思われる
 ④明るい人と思われる
 ⑤話かけられたんだから私も何か話さなきゃ、と思わせることができる


それぞれ理由も記そう。

①相手とのコミュニケーションが取りやすくなる

コミュニーケーションを取るには自分を含め2人以上が必要だ。
自分以外が関係してくるのだから、何かきっかけがいる。
「あいさつ」はそのきっかけとなり、その後の話題へとスムーズに以降することができる。


②コミュニケーションを取るのが上手な人、と思われる

コミュニケーションが苦手な人の大半の理由は、何か話しかけることができない、だろう。
大部分の人が抱えている問題だと思う。
だから、率先して「あいさつ」をすると、自分から相手に話かけたことになり、コミュニケーションを取るのが上手な人、と思ってくれる。
日常生活で求められるコミュニケーションに話術はあまり必要ないと思う。
話かけることができるかどうか、これが大きな要因。


③感じの良い人だなぁ、と思われる
④明るい人と思われる

似た内容のため、一括する。
「あいさつ」とは相手に話かけることである。
発する文字数は少ないが、「あいさつ」を受けた相手が言外に受け取るのはこうだ。
「あの人、私を受け入れてくれているんだ。わざわざ話かけてくれるなんて感じいいなぁ」


⑤話かけられたんだから私も何か話さなきゃ、と思わせることができる

多分、メリットとしてはこれが一番大きいと思う。
人間、もらいっぱなしというのはバツが悪い。
だから、何かお礼として話題を提供してくれる可能性が大きい。

コミュニケーションを取ることの苦手な理由の上位に、話題に困る、というのがあるだろう。
それを相手が解決してくれるのだから、喜ばしいことこの上ない。


それぞれの理由は以上である。
さて、ぼくが聞くところによると「あいさつ」をすることが恥ずかしいと感じている人がかなりいる。
仲は良くないが顔は知っている、と思う人に対しては特にそうだ。
「あ、あの人知ってる。でもなんか声かけるのもなぁ」と思っている人がとても多い。
恐らく、あの人も同じことを思っている。

ならば、我々からきっかけを与えようではないか。
「おはようございます」
たった9文字を発するだけで良いのだ。
「こんにちは」
時と場合によってはもっと少ない。

初めての「あいさつ」では反応も薄いこともあるだろう。
だが、「あいさつ」を受けた方はこう思う。
「話かけられたよー今日は上手く話せなかったよー次は何か話してみよう」
何事もそうだが、「あいさつ」も続けていくことが肝心。
1回で諦めてはダメ。


学校でも会社でも、こう教わった人は多いはずだ。
「あいさつをしましょうね。自分から」
さて、実際はどうだろうか。
自分から「あいさつ」をする人は少数なのではないだろうか。

(学校で習うことが無意味なのではなく、それを活用しないから無意味なのだ)

ならば、本記事で取り上げたメリットを享受している人もそれだけ少ないということだ。
これほど、ローリスクハイリターンなことも珍しいと思う。
話題を提供することが苦手な人ほど、先手必勝で「あいさつ」をかますのが良い。


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[ 2014/08/15 09:23 ] 日常 | TB(0) | コメント(0)

必要ない、と言ってくれる誠実さ

必要のないものを必要ない、といってくれる人が周りにどれだけるだろうか?
これを言ってくれる人がまわりに多い人はかなり恵まれている。

属するコミュニティはどこだっていい。

家族、恋人、友達、先生、教授、生徒、先輩、後輩、上司、同僚、社長、取引先、お店の店員・・・


必要のないものを必要ない、とあなたに言ってくれる人は本当に素晴らしい存在だ。
なぜなら、必要のないものを必要ない、と言えるには、彼彼女があなたのことを本当に考えているからだ。
あなたの今の状況を考え、それはいらない、と言っている。

あなたがどうなろうと関係ない人は、あなたとの関係を崩したくない。
だから、本当は必要のないものでも特に考えなく、いいんじゃない?それ必要だよ!
と肯定的な態度を取る。

販売員なんかは最たる例だろう。
例えば、服を買いに行ったとする。
試着をすれば誰もが聞くであろうセリフ。
「お似合いですよ~」
あなたに商品を買って欲しいから、たとえ似合っていなくてもそう言うだろう。

ここで、「あまりお似合いではないですね。」といってくれる販売員と出会ったらどうだろう。
はじめは「なんだこいつは」と思うかもしれない。
しかし、こういった販売員こそ信頼できる販売員であろう。

売上という自分の利益を無視してまで、あなたに対して「いらない」と言ってくれる。
あなたに誠実に接してくれている。
(もしかしたら、もっと高いものを買わせるための策かもしれないが・・・それは販売員の次の対応で判断することにしよう)

長期的な付き合いはこのような販売員としたいものだ。
試着したもの何でもかんでも「お似合いですよ」と言い放つ販売員より、よっぽど信頼できる。

必要のないものを必要ない、あなたにこう言ってくれる人は、あなたに誠実な人だ。
我が身を振り返り、そう言ってくれる人がいるのなら、より一層大切にしよう。
過去にいたが、今は疎遠になっているのなら、再度お近づきをしよう。


当然だが、受け取るだけではダメだ。
あなたも彼彼女に、必要のないものは必要ないと言ってあげよう。
それも誠実な態度で。

「あなたのことを思ってますよ」というアピール戦略で終わらないことを願う。


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[ 2014/08/14 12:40 ] 日常 | TB(0) | コメント(0)

【比較】iPad Air と iPad mini Retina

■iPad Air
先日iPad Airを購入しました。
初のiPadです。
僕なりの使用感、ipad miniとの比較を書くので、
購入を検討されていらっしゃる方は参考にしていただければ幸いです。
(iPad mini Retinaは知人のものを数時間借りた感想から書いております)

買うまでは、「iPod touchを大きくしただけでしょ~電話もできないし~」とおもっていました。

その通り、大きいiPod touchなのですが、この大きいというのがとても重要。
見やすいし操作しやすい。
ついでにネットの接続も早いし、動画もサクサク。
ゲームアプリもなんのその。
外出時も常に持ち歩くほど、非常に満足しております。


■iPad mini Rentina
さて、iPadには兄弟のiPad miniがいらっしゃいますね。
最新版はiPad mini Rentina

「iPadは欲しいけど、iPad AirとiPad mini Retinaどっちがいいんだろう…」

そう思っている方には、iPad mini Retinaをお勧めします。


■iPad mini Rentinaを勧める理由
iPad miniの方が一回り小さいのですが、性能は同じ。
価格はiPad miniが1万円程安い。

iPadの売りである、大きさ、これを多少犠牲にしたiPad miniですが、フルサイズと比較してどうなのでしょうか。
最新版はiPad mini Retina。
iPad Airでも十分軽いですが、小さい分iPad mini Retinaはより軽い。

そして、サイズも一回り小さいので手のひらに収まる感じもiPad mini Retinaが良い。
どの位かというと、一般的な手帳サイズ。

画面だが、iPad mini Retinaでも動画を見るには十分だし、ネットサーフィンするにも不自由はない。
さらに、小さなカバンにも入るので持ち運びが便利。

手帳サイズで小さなカバンにも入るという利点から、特に女性にはiPad mini Retinaをお勧めします。

ぼくは男性ですが、使った感じiPad mini Retinaで十分だな、と思いました。
iPad Airは軽いとはいえ、長時間持ち運ぶと段々と負担に…
家で寝転んで使うにもちょっとiPad Airは重い。

もちろん、大画面による恩恵も大きいですよ!
ぼくはiPad Airで満足をしております。
でも、次買い換えるならminiタイプにするかな~




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[ 2014/07/27 12:49 ] 日常 | TB(0) | コメント(0)

道具という戦友

道具はぼくたちの手伝いをしてくれる。
カバンは荷物を運ぶのを手伝ってくれる。
クツは歩くことを手伝ってくれる。
ちょっと大きくすると、車はぼくたちの移動を手伝ってくれる。

道具はぼくたちの手伝いをしてくれ、共に目的へと向かう。
いわば戦友のような存在だ。

道具を持ったぼく達は別々にあるわけではない。
道具を持ったぼく、という1つの共同体になるのだ。

長い道具を持てば、ぼくはより遠くのもを取れる。
強い道具を持てば、ぼくはより一層強くなれる。

道具はぼくたちと共同になる、つまり、道具は身体の延長なのである。
ぼくたちは自分の身体を大切にする。
だから、自分の身体を扱うのと同じように、道具も大切に扱おう。



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[ 2014/05/18 19:38 ] 日常 | TB(0) | コメント(0)

テレビ番組とヤラセ問題

テレビ番組でヤラセ問題が時々発覚し、世を賑わすことがある。

ヤラセの発覚で打ち切りになった番組も少なくないだろう。

ところで、このヤラセは一体何がいけないのだろうか?
ヤラセ問題が話題となるのは、たいていバラエティ番組である。

バラエティ番組の主な目的は「面白い番組であること」でしょう。
これを達成するために、ヤラセが一つの手段として用いられることは許容してもよいのではないだろうか。
バラエティ番組内で、それぞれの役割を演じるているのだから。

バラエティ番組は新しい知識を発見することも、スポーツの様に技量を競い合うことも目的ではない。
(もちろん競い合うこともあるが、それも面白い番組を達成するための手段としてであろう)

極端な例だが、芝居とバラエティ番組の構造は同じであろう。
それぞれ、台本にそって物語が進んでいく。
芝居には出演者それぞれに役割があり、出演者はそれを演じる。
この演じるという行為は一種のヤラセといえよう。
だが、このヤラセを責める人はいない。
芝居だから、出演者はやらせれて当然、と視聴者が考えているからであろう。

ところが、バラエティ番組になった途端、このヤラセは許されないものとなる。
バラエティ番組のヤラセに寛大になってもよさそうなものだが・・・


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[ 2014/04/13 21:43 ] 日常 | TB(0) | コメント(0)

トップ!アタック!

ぼくは洗濯をする際の洗剤は、トップとアタックを半々くらいで使ってきた。
柔軟剤は、FLAIRを愛用している。

先日、洗剤が切れたので薬局に足を運んだ。
いつものように、トップかアタックを買おうと思ったのだが、
ふとボールドに目がいった。
ええ、マシュマロポン、のあれですね。

どれだけマシュマロになるのか、使ってみようじゃないかと思い購入。

柔軟剤とセットで使っているのですが、たしかにフワフワだ。
そして、香りも良い。
さらに、香り長持ち。

これは、しばらくハマりそう。




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[ 2013/12/23 22:09 ] 日常 | TB(0) | コメント(0)
プロフィール

智葉 哲三(ちば てつぞう)

Author:智葉 哲三(ちば てつぞう)
自由、幸福な生を主題に哲学します。学生時代はアリストテレスの『ニコマコス倫理学』から幸福を考察した。都内でサラリーマンを始め転勤で新潟へ。まだ若手。日常の出来事なんかも書きます。
連絡はこちらへ tetsuzou.c@gmail.com
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